エンリック・ミラジェス
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エンリック・ミラジェス: 生涯

1955年、バルセロナに生まれたエンリック・ミラジェスは、人生の始めから終わりまで建築家として、カタルーニャとその他世界中に彼の足跡を残しました。15歳の時、ミラジェスはバルセロナの建築学校(Barcelona School of ArchitectureまたはESTAB)への入学を決め、1978年まで学びます。この間彼は、Albert ViaplanaとHelio Pinñónの建築事務所でパートで働き、勉学を完璧にしました。この事務所でミラジェスは理解を深め、興味深いプロジェクトをいくつか手がけています。

コンテストで何回も優勝するようになると、ミラジェスと彼の妻、Carme Pinósは独立事務所をオープンさせ、2人は1984年から1991年まで働きました。彼の国際的な高い評判を得始めたこの時期は、ミラジェスの建築家としてのキャリアの中で最も重要な局面の一つとなります。1975年スペインのフランコ政権が終わりを告げると、ミラジェスを含めた若いクリエーターたちの精神は成熟し、スペインに歴史上最も興味深い建築ブームがやってきます。その核心にいたエンリック・ミラジェスの彼独自の大胆なオリジナルスタイルはすぐに認められました。

Carme Pinósとの結婚生活が破綻しますが、再婚するまで彼らは別々のオフィスで共に働き続けます。1993年、エンリックがBenedetta Tagliabueと再婚し、彼女とEMBTを開始。このパートナーシップでミラジェスは彼を代表する建築物のいくつかを手がけ、スペイン国外へと手を広げました。

残念なことに、エンリック・ミラジェスは委託を受けていたエジンバラのスコットランド議会会場を完成させること無く、脳腫瘍のため45歳の若さでこの世を去りました。彼は彼の最初の妻、Carme Pinósがデザインしたイグアラダ墓地に葬られました。再婚相手のBenedettaは彼らの共同ベンチャー、EMBT Architectsの経営し続けています。

エンリック・ミラジェス: 建築スタイル

エンリック・ミラジジェスは、建物周辺の注意深い研究をしてから手がける建物のデザインを形成しました。彼はその建築予定スペースの先を思い描き、出来上がる建築物にその地と違和感ないハーモニーを持たせることを目指しました。建築予定地の歴史を敏感に察知には、建築への非常に繊細な見解が必要でした。

力強く複雑な目を引く設計をしたエンリック・ミラジェスが用いた材料は、工業的で重厚な傾向がありました。

エンリック・ミラジェス: 代表的な建築物

  • 1985年~1994年: イグアラダ墓地(Igualada Cemetery)、イグアラダ、バルセロナ
  • 1988年~1991年: 1992年オリンピック用アーチェリー場、バルセロナ
  • 1990年~1992年: オリンピック村のパーゴラ、バルセロナ
  • 1997年~2001年: Santa Caterina Market conversion、バルセロナ
  • 1998年~2002年: スコットランド議会会場(Scottish Parliament Building)、エジンバラ